東日本大震災!!
写真業界も大変な体験をしました
でも負けられない
緊急特別講演をお届けします
大震災!! がれきのなかから家族写真や写真アルバムが探し出され、改めて写真の大切さを知らされました。そこで緊急特別講演。震災の現場を撮影した写真館、新聞記者が生のレポート、関連してフォトグラファーや写真館が撮影データを完璧に保管する危機管理の技術を特別講演としてお届けします。聴講無料。
6月21日[火]の特別講演 午後1時から

被災地取材で痛感した写真の価値
杉本修作
毎日新聞社東京社会部
宮城県で26日間、県内沿岸部についてはほぼ全域を取材した毎日新聞の杉本記者は、気仙沼市の離島、大島の取材中、被災者に撮影を頼まれました。杉本氏は現地の避難所に2泊して、思い出の写真もろとも津波に自宅を流された被災者を撮影し、プリントを後日届けました。それをきっかけに、その後の取材過程で避難所を回ると、必ず写真を撮ってプリントして渡し続けました。
40人以上が死亡または行方不明になっている、ある高齢者施設では、生き残って別の施設に身を寄せる90人のお年寄り一人一人の写真を撮り、施設に贈ったとのことです。一連の活動について杉本氏は、「過酷な経験をしたにもかかわらず、笑顔で写真に写るのが印象的でした。限られた時間でしたが、300枚以上の写真を被災者に届けました」と話しています。
自衛隊やボランティアなどによる、写真やアルバムを集める活動が報じられるなか、杉本氏は仙台市に隣接する名取市で、津波で家族を失った母親がインターネットを通じて知り合った仲間とがれきの中からアルバムや写真を探し、小学校の体育館に展示する活動をしている様子を見ました。大勢の被災者が、思い出の写真を探しに体育館を訪れていたといいます。「過去の思い出を取り戻そうとする人、今生きている記録を残してほしい人、それぞれにとって紙にプリントした1枚の写真が希望につながっていることを強く感じました」と杉本氏は振り返っています。
今特別講演は、実際に現地を取材した杉本氏の体験や、あらためて感じた「写真の大切さ」について、記者の視点から語っていただきます。ぜひご聴講ください。
6月21日[火]の特別講演 午後1時40分から

いますぐ撮影データの危機管理を
葉山恒生
(株)羅針ネット取締役プロデューサー
地震や津波、また火事などの大災害から大切なデータを守る危機管理が、東日本大震災を経たいま、さまざまな業界であらためて注目されています。とくに写真業は、顧客のデータ(という名の思い出)が消失してしまうことになりますので、データの保管は大きな意味を持つわけです。たとえデータ類が地震や津波によって消失してしまっても、紙焼きしたプリント(アルバム)は、見つかりさえすれば、処置のしようがある場合があります。ではデータの場合、この先どのように管理することが求められていくのでしょうか。地震国日本で、写真館が持っている価値ある写真を、どのようにバックアップしていくべきか、多業種他分野へのデータ管理コンサルティングを行っている第一人者の葉山氏が、提案します。
これまでデータのバックアップは、各写真館で工夫していたと思います。バックアップする期間やバックアップメディアなどについても、様々な議論や実践がなされてきましたが、実際のところ、皆さんはどのように行っているのでしょうか。このたびのような大災害に見舞われた場合、シェルターなどにサーバールームを設けていれば別ですが、同じ場所で複数バックアップしていても、意味のないものになってしまいます。もちろんスタジオでもしっかりとしたシステムのともにデータを保管すべきですが、こうした状況を鑑みると、遠隔地にバックアップするということも、ますます重要になってくると考えられます。いまでは、クラウドコンピュータを利用する方法論もありますが、いわゆる遠隔地へのバックアップには、個人情報保護、データ保護への信頼性などの条件も出てきます。
今講演では、上記の方法論や選択肢を踏まえ、写真館事業などにおける遠隔地バックアップのメリットや、それを実現するための課題や解決方法についてお話いただきます。大切な写真データを、いかに守るか。それぞれにとって最適なカタチの危機管理を模索するための特別講演です。
6月22日[水]の特別講演 午後1時から

被災写真館!! 震災を撮る
佐藤信一
佐良スタジオ
3月11日に発生した東日本大震災、10数メートルの大津波に襲われた宮城県南三陸町で、一人の地元写真館のカメラマンが惨状の様子を撮り続けていました。
佐藤信一氏は、海岸近くの商店街にある写真館を営んでいました。3月11日、強い揺れを感じたときに、家族を避難させた後、自ら町を見下ろせる場所に移動し、カメラを取り出して夢中でシャッターを切りました。「町で起きていることを、すべて見届けたい」。撮影時は冷静で、恐怖を感じることはなかったそうです。
しかし、一夜明けて、廃墟と化した町を見て、足が震えました。それでも、すぐに感じたのは「ここで生まれ育った写真館として、できることは何か」。思い立ったら、すぐに行動へと移り、変わり果てた町の様子を記録。「一番苦しいときの写真を残す。この先、何が起きても、みんなが乗り越えられるように」と思いを込めて。その惨状の記録は4,000枚以上に及び、新聞やテレビで取り上げられました。
「なくなった町が、元通りになるまで撮り続けたい」と佐藤氏。避難所では、商店街の店主らが復興に向けて協議会を作りました。新たなスタートが、いろいろなところで動き出しています。人々が協力し合いながら懸命に生きる、そんな姿を写真に残す。写真館として、一人のカメラマンとして。
写真ビジネスに携わる方々が集まるPHOTO NEXTでは、写真館が、写真店が、人々のかけがえのない思い出を写真に残すという重要な役割を担っていることを、あらためて再認識し、意義に感じてもらいたい——そんな思いを込めて、今回特別講演を企画しました。会場には、佐藤氏が記録した被災地の様子を展示するとともに、佐藤信一氏がファインダー越しに見た、変わり果てた故郷の風景と、そのなかで必死に生きる人々、また地元写真館として感じた 「写真の大切さ」を緊急提言。今回の大震災を機に、あらためて思い出を写真に残す自身の仕事が人々にとっていかに大事なものなのか、見つめ直してみてください。
